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キッシンジャー元米国務長官死去 100歳 ベトナム戦争和平貢献

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ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官=首相官邸で2007年3月30日、藤井太郎撮影
ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官=首相官邸で2007年3月30日、藤井太郎撮影

 米ニクソン政権の国務長官などを務め、ベトナム戦争和平への貢献でノーベル平和賞を受賞したヘンリー・キッシンジャー氏が29日、米東部コネティカット州の自宅で死去した。100歳だった。同氏のコンサルタント会社が声明で発表した。ホワイトハウス入りして東西冷戦期のデタント(緊張緩和)を推進。政界引退後もさまざまな局面で米外交に提言し、晩年は、核兵器廃絶の提唱で注目を集めた。

 ユダヤ系ドイツ人としてドイツに生まれ、ナチス政権下の1938年、迫害を逃れて家族で米国に移住。ハーバード大で政治学を修め、国際政治学者として同大で教壇に立った。ニクソン大統領に請われて69年、国家安全保障問題担当の大統領補佐官としてホワイトハウス入り。73年から国務長官を兼務した。74年からのフォード政権でも留任し計8年、米外交をけん引した。

 ソ連との冷戦が続く中、勢力均衡を重視する現実主義的な外交アプローチを身上に、東西の「雪解け」に尽力。ソ連と第1次戦略兵器制限交渉を進めて妥結させた。71年には極秘に訪中し、米中の国交正常化に道筋を付けた。

 73年にはベトナム和平のパリ協定に仮調印し、泥沼化するベトナム戦争から米軍を撤退させた。同協定では、北ベトナム側代表のレ・ドク・ト氏とともに同年のノーベル平和賞を受賞した(ト氏は受賞を辞退)。一方で南米チリの左派アジェンデ政権を追い落とすクーデターを後押ししたなどとして批判を浴びるなど、強硬な手法に否定的な評価もある。

 引退後は学者としての集大成ともいえる著書「外交」(日本経済新聞社)を発表。2007、08年にはシュルツ元米国務長官らかつて米政界で要職を務めた3人と核廃絶を求める論文を発表した。10年には、「核軍縮が進むにつれ、米国の核抑止力が重要になる」と主張する、より現実的な論文を発表した。キッシンジャー氏を含む4人は「4賢人」と呼ばれ、当時のオバマ政権が主張した「核兵器なき世界」の構想に影響を与えたとされる。

 90歳を過ぎても精力的に活動し、22年10月には訪日して岸田文雄首相と会談。100歳となった2カ月後の23年7月には訪中し、習近平国家主席と会談した。

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